伝説なんて、怖くない


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それなりの悲鳴を上げれば 何処かの誰かに届くほど、
こんな時間帯でも眠らない、都会の繁華街じゃああるまいに。
騒いだところで誰も助けになんか来やしないよというの、
これまでの“前例”相手に さんざん脅し文句にしてきたのだろう、
青二才なりに不敵なお顔でいたらしい輩を相手に回し、

「いきなり襲い掛からずに、結構奥まったところまで誘い込んでくれたね。
 その粘着的な我慢強さ、
 そのっくらいしか取り柄がないみたいなので、褒めてやろうじゃないか。」

それは不遜な大威張り。
表情豊かで婀娜な気色も似合いの口許、挑発的な笑みにてたわめ、
強かそうな 威容に満ちたお顔で相対したのは、
そちらも大して年齢は離れていなさそうな、まだまだ若々しいお嬢さんで。
ほんのつい先程まで小鳥がさえずるような声音で紡がれていた、
いかにもうら若き女性たちらしい あれやこれやは影すらなく。
ある意味で戦闘服を模してでもいるかのような、
冴えてマニッシュないでたちの彼女らなのへ、

 「…サンドレスにボレロは?」

確か確か、一人がそんな装いだという発言をしていたような。
だが、そうと評されたらしきお姉様はと言えば、
肘近くまで袖をまくった砂色の長外套に、
男物ぽいシャツと内衣、セミタイトスカートというシャープな格好のままでおり。

 「BFとの逢瀬でも構えてるJKやJCじゃあるまいし、
  こんな蚊の多いところへ、そんなはっちゃけた格好で来てどうする。」

呆然としつつ、ついついこぼしたのだろう、怪しき輩からの言いようへ。
いかにも呆れ半分の嘲笑というそれ、ふんと鼻で笑ったのは、
そちらも“シースルー”という装いをしているよな応えをしていた赤毛のお嬢さん。
こちらの彼女もまた、そんな描写とは裏腹に、
当地へ到着した時のまま、
黒っぽい正装もどきなスーツ姿という恐持てな恰好でおり、
がっつり踏ん張ったまま背条をしならせた立ち姿はなかなかに頼もしい。

 「JCってのは何だ?」
 「じゃんぷこみっくすの略だよ♪」
 「違くて。」

黄昏色の簡易灯篭が照らし出す 廃校内の集会エリアにて、
そちらも凛々しい黒と白の少女らを従え、
国木田女史の問いも含め、
脱線する余裕がこんな正念場で飛び出すのは、果たして故意にか超天然か。

 「さあ、パーティーを始めようか?」

すこぶるつきに“悪いお顔”になったお嬢さんたちが、
それぞれなりに それは重厚な凄味のある嗤いようをし。
それを見た相手側は 理由も根拠も把握せぬまま、
されど背条がぞぞぉっと凍ったのをそろって自覚した夜半である。





  おっとっと、お話がいきなり進みすぎておりますね。
  ちょっとだけ時系列を遡ってみましょうね
  腕に自信の方々だとはいえ、
  何の準備もなさそうな様子にて、そりゃあ無造作に問題の廃校跡へ踏み込んだところ、
  いきなり姿を消したお嬢さんがいたのでしたね。


相手の出方を見る意味からも、油断を大きに誘うべく
せいぜい世間知らずなお嬢さんぶって行動しようと打ち合わせてはいた。
里のあちこちから盗聴器の反応が出ていたし、
いきなりやって来たそのまま、
里山の風景を写真で残すでなく、せせらぎに素足を浸すでなく、
真っ直ぐ件の廃校跡へ下見に行ったのだ、
怪しまれて当然でもあろうが、
こちらの雰囲気でどうとでもなるよな相手だともと踏んでいたからで。

 『相手は新参者ながら、結構景気のいい密売屋らしくてな。』

マフィア組と鉢合わせたこともあり、状況を整理すべく、
探偵社に居残った調査班と連絡を取り合った国木田女史で。
それはつらつらと並べたデータは、
ほんの半日で集められたとは思えぬほど微に入り細に入りという詳細をまとめた代物。
中也嬢から聞き出した有力者の甚六息子らの失踪の件も統合し、
更なる精査をされ、絞り込まれたもはや決定事項のそれによれば。
問題の一味は
日本海側からのルート中心に台頭中の新興組織、
いけない薬や訳ありな物品を売り買いする、どちらかといや“故買屋”系のグループらしく。
帝都の裏社会ではまだまだ大きい顔は出来ぬと構えているよな慎重派だそうだが、

 『谷崎の調べだと、
  裏社会でも顔ぶれがなかなか把握されてはないほどに
  足取りを掴ませない巧妙な連中らしいのだが。』

何の、それもこれもリーダー格の異能のおかげであるようで。

 『此処での行動が怪しまれたのもその異能のせいだっていうのに、
  さほど動じないでいられたのも、
  事実 足がつかなんだのも、その異能のおかげだったんだろうね。』

 『…なるほどねぇ。』

異能かかわりとなれば、一般の人にすれば摩訶不思議なばかりの事態だったろうが、
そういう方向では馴れもあるこちらの面々、
実態へはまだ全く触れていなくとも、
乱歩嬢の超推理でどういう代物かが判明してしまえば、コトの全貌が割れるのも呆気ない。
そういった下調べを頭に叩き込み、全容を把握していたその上で、
実は余裕満々という態勢で 相手への接近をわざとに試みたお嬢さんたちだったのであり。
暗いの怖いとか、虫が這ってたら気持ち悪いとか、聞えよがしに会話して、
せいぜい かわいこぶって探検中の態を取っておれば、
やはり何処からか監視観察されていたか、
がたんっという堅い物音がし、足元の収納庫らしい口が突然開いて

 「きゃっ!」

短い笛の音のような声が立ったそのまま、

 「え? 敦くん?」
 「敦っ?」
 「どうした?」

丁度一番後ろを進んでいた敦嬢が、不意を突かれて姿を消してしまい。
きゃっという可愛らしい声に反射的に振り向いたそのまま、
帽子を持ち上げんという勢いで、比喩ではなくの本当に
ゆらゆらと波打つ赤毛が逆立つほどのお怒りの反応を見せた姐様がいらしたが、

「手前ら〜〜〜っ
「中也 押さえて。芥川くん、追える?」
「はい。」

いきなり襲い掛かられたと怯えてでもいるかのように
身を寄せ合った素振りの陰にて、言葉少なに指示を出した太宰嬢。
振り向きもせぬままの独り言のようだったそれへ、
漆黒の禍狗姫が頷いて応じ、それは静かに闇の中へ身を沈めれば。
最後にやはり短く出した指示は、

「国木田くん、」
「ああ。」

怖がる素振りもやはり演技だったか、
愛用の手帳を懐から引っ張り出した眼鏡の女史、
まずは鉄線銃と書いてある頁を裂いていつものワイヤーガンを異能で出すと、
やはり前もって記してあったページを千切って宙へ振り上げるようにして舞わせ、

「吊り灯篭っ。」

声掛けをしてから撃ち抜けば、宙に灯ったのは暖かい明かりで。
吊り型のランタンが数個現れたのを提げ緒を狙って次々撃ち抜き、
天井の化粧板へ とんとんとんと留めてゆく。
途端に墨を流したような暗さだった空間は、
昼間ほどとはいかないまでも一気に明るくなり、
廊下の隅々に転がる物の輪郭も拾い上げられるまでとなって。
真っ先に皆への指示を出した女傑は、だが、
髪や外套がその裾を宙へ浮かすほど柔らかな所作で
足元へふわりと長身を沈めると 砂まみれの板の間に手を伏せる。

「金具が真新しいね。此処は落とし穴に改造したんだよ。
 それと、中也、打ち合わせは守ってよね。」
「ンだよっ、こんな奴らとっとと潰しちまえばいいんだッ。」

余程に心配してのことか、
忌々しそうにという表現では収まるまい、
悪鬼の如くに凄まじく歪んだ憤怒の表情も恐ろしい
ポートマフィアの五大幹部様が、
尖った爪先も凶器っぽいピンヒールにて、ガツガツと悔しげに床板を踏み鳴らしたが、

「こんな雑魚相手に異能使っちゃうと、のちのち真的な調書が取れなくなるっての。
 ちゃんと捕まえて罰を与えて、こんなおバカしても捕まるって広く公表しなきゃあ。」

平板な声にて長外套のお嬢さんが肩をすくめて言い返す。

 「それでなくとも “異能”ってのは公的には認められてない代物なんだよ?
  それが原因での不思議現象なのはしょうがないとして、
  取っ捕まえる段にもそれを繰り出しちゃあ、
  色々な手続き上での辻褄合わせが余計にかかっちゃうでしょうが。」

まあ辻褄合わせは異能特務課の仕事なんだけど、と。
内心で舌を出しつつ、

 「特に、こ奴らの“お得意先”にまで届くようにね。」
 「…っ。」

付け足した一言へ、明らかにギョッとした気配が返って来て。
ああ、そこまで説明が要るほどの阿呆ではなかったみたいねと、
アーモンドみたいに形の良い双眸をにんまりとたわめて、それは艶麗に嗤った太宰嬢。
真っ当な言いようではなくの皮肉たっぷりに
褒めて進ぜようと構えたような、それはそれは大上段からの笑みに他ならず。
ふふんと笑ったそのまま、顔の間近まで持ち上げた右手。
いかにも芝居っ気たっぷりに、間を取ってから綺麗な指を重ね、
色香もふんだんな所作にて手首を傾け、ぱきりと乾いた音をその指先にて鳴らして見せれば、

 「……っ!」

暗闇の中、新たに灯された灯篭の下で、
やはり夜陰の黒を霞ませていただけの煤けた壁だった一角が、
はらりと幕を覗かれたようにあっさり暴かれて
こちら側と同じくらいの取っ散らかった空間が現れる。

「こんな風に姿が出たり消えたりするところを見ちゃったお人が、
 心霊現象ホントに観ちゃったなんてSNSで拡散したのが始まりだったんでしょうね。」

異能力というものを知らなけりゃあ、成程そんな反応になってもしょうがないかと、
当然の余裕で代わりに説いてやる長外套のお姉さま。
絡繰りから何からすべてお見通しだというのがその態度からも重々知れて、

 「う…。」

隠れていたところを暴かれた面々が文字通りぐうの音も出ぬという顔になる。

「まあ此処までの失態っていう事実が広まれば、
 そんな取引先ももんどりうって逃げた末、関係なんてないって言い張ろうから?
 余計なことを言わない限り、下手を打ったことへの報復まではされないとは思うけど?」

くせっ毛を背中へ垂らし、やや俯いていて表情がはっきりしなかった太宰が
そうと言い放って すっくと立ち上がる。
サンドレスがどうのとお喋りの中で言っていたはずだが、立ち上がった姿はいつもと同じ。
砂色の外套を腕まくりしている胡散臭さが今は何とも勇ましく見え、
表情もきりりと引き締まっての冴えたそれ。

「さて。どの子がリーダーなのかしらね。運び屋の“バゲージ倶楽部”さんたち。」
「う…。」
「な、なんで。」

育ちの良さそうな綺麗どころを
せいぜい怖がらせて引っ攫ってこうと構えていたのだろう、
二十代以上はいなさそうな六,七人ほどの男衆が壁際に立っている。
ダメージジーンズやカーゴパンツに、ペンキをこぼしたようなTシャツを合わせた、
ひょろひょろと背だけ高いのや、多少は鍛えてそうでもやはり尻腰の足りなさそうな男どもで、

「私たちはこれでも武装探偵社の人間だよ? 異能かかわりの案件には慣れているし、
 言っちゃあなんだが、キミらが真っ先に落とし穴へ落とした子はね、
 こっちの物騒な物言いしているポートマフィアのお姉さんがいたく可愛がってる“虎の子”だ。」

物の例えではない言いようをしたまでだが、
秘蔵っ子という意味にも通じる言い回しを持ち出せば、
案の定、男どもは顔を見合わせ、その身をびくくっと委縮させて見せる。
他所から来たとはいえ、
流石にヨコハマの雄である大組織の名は知っていたようで。
そこへ、

「只今戻りました。」
「お待たせしましたぁ♪」
「おお、芥川くんに敦くん。」

居なくなってた顔ぶれも戻って来、
やっとこ これにて冒頭の大見得切ったシーンへつながる、
今回のお話の一番の見せ場なのでございます♪





to be continued.(18.06.15.〜)




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 *長くなってきたのでここでちょっと区切りますね。
  相変わらず、種明かしが下手くそなおばさんです。とほほ。